ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記

子どもの発達や成長について気付いたこと、感じたことを。 忘れないための備忘録的なブログです。

子どもの発達障害に気付くまで 27(生後1歳9か月~2歳)

~2歳の誕生日~

さて、紆余曲折を経て息子が何とか2歳を迎えられた頃の話です。

 

その当時の息子の成長は?といいますと、2歳の誕生日当日のビデオ映像を見ると、言葉はほどんどなく何か言いたげな時は「う、う、う、う」と"う"だけで表現していました。

 

誕生日ケーキのろうそくも吹き消す事は出来ませんでした。
「うーうー」と吹き消そうとはしていましたが、部屋を暗くされる事に戸惑う様な表情が見られました。

 

その他にもこの当時出来なかった事といえば、外遊びの滑り台です。
ごくごく低い(本人の背丈よりも随分低い)滑り台しか滑れませんでした。

 

 

~好対照なおでかけの様子~

この当時、初めて連れて行ったお出かけ先が2つありました。

一つは水族館、もう一つはアン○ンマンミュージアム。

てっきり後者の方が喜ぶかと思いきや、こちらは何をどう楽しめば良いのかわからないという感じで、すぐに手を振りほどいてどこかへ逃げてしまうので追いかけるのに一苦労でした。

一方の水族館は食い入る様に魚を見つめ、水槽に張り付いて離れませんでした(笑)

あまりに水槽から離れなかったので、先を促すと「ばいば~い」と言って私を追い払おうとしたり(=この様にあまり私に対して愛着がみられませんでした。)、魚を見ては「おしゃかなー」と言葉を発していました。

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その後与えた魚図鑑はすぐに丸覚えしてしまいました。

 

子どもの発達障害に気付くまで 26(生後1歳9か月~2歳)

~言う事を聞いてくれない~

※ちょうどこの頃の息子は興味があるものは何でも触りたがりました。そしてついにビデオカメラのデータを全件消去するという事件までやってしまったのもこの頃でした(苦笑)ですのであまり記録が残っておらず、記憶やメモ書きを頼りに書き残したいと思います。

 

上記の通りビデオカメラやパソコン操作などは、見て触ると何となく動きがわかるらしく何でもやってみたい頃ではありました。
(そういえば何でもやってみたいと言えば初めてお料理のお手伝いをしてくれて、スパゲティを一緒に茹でたのもこの頃でした。)

 

ただ、人の制止や言う事を聞いてくれない*1様子が本当に顕著になってきて、『冬であまり外遊びも出来ないからストレスが溜まっているのかな・・・?』と思っていました。
(冬は外に出たがらない=実は夏男というのは、この後2歳3ヶ月頃の夏にはっきりした事なのでこの頃はまだわかりませんでした。)

とにかく寒いと外で固まってしまい、家の中で遊びたがりました。

聞き分けのない態度を続けられるうちに次第に”ダメ!”と強く言う事も増えていきました。

例えば、ビデオカメラを触る・テレビ画面にクレヨンで落書きする・絵本等を破く等。
一度使えば癖になるこの”ダメ!”、この言葉の恐ろしさにこの頃はまだ気付いていませんでした。

 

 

~外に出ても困った事が・・・~

この頃に撮った写真で多く残っているのが、外遊びでの困った行動でした。
(1)道路の側溝に石を落とす。
(2)止まっている他人の自転車の後輪を回し続ける。
(3)自宅の車のハンドルを回したがる。
(4)おもちゃ売り場のミニカーや電車のコーナーで2~3時間居続ける。

 

(3)は所有物なので(もちろんエンジン等はかけずに)1~2時間程度付き合う事もありましたが、石を溝に落としたり他人の自転車を触らせ続ける事はやはりダメな事として辞めさせるのに必死でした。
(側溝への石落としや自転車を回し続ける行為は意外な方法で次第に止まっていきましたが、それはまた別の機会にお話しさせて下さい。*2

ですので、めずらしく外へ遊びに出たとしてもすぐに家に帰る事もしばしばでした。
体力的には夏よりは楽でしたが、対応に苦慮する事が新たに増えていった感じでした。

 

 

 

*1:どうして言う事を聞きにくかったのか後々考えると
(1)家の中ではあまり体力を減らす事もなく、
(2)しかも当時はあまり構造化を意識したレイアウトではない部屋(=つまり散らかしっぱなしでした)だったので常に注意散漫
→結果私や夫のいう事も聞きたくてもなかなか耳に届かない様な状態だったのかなと思います。

 

*2:水への興味―トイレの水や排水溝のこと 後編(2歳4ヶ月)にてご紹介しております。ご興味のある方はお立ち寄りいただけると幸いです。

子どもの発達障害に気付くまで 25(生後1歳4か月~)

※以前に書かせていただいた記事(子どもの発達障害に気付くまで 20(生後1歳6か月~1歳8か月) )等で子どもの夜泣きが酷かった様子をお伝えさせていただいたのですが、その当時の様子を記録しておきたいなと思います。

『ひどい夜泣きとはどんな程度だったのか?』という点を書けたらと思います。

 

~夜間愚行~

ひどい夜泣きの記憶は息子が1歳3~4ヶ月頃からあったかと思います。最初は数日ごとに、しかし次第にほぼ毎日の様に泣く様になりました。(もう5年も前の事ですので、詳細な点に相違があるかもしれません(>_<))

 

<20~24時まで>

当時は20時就寝~7時起床を目指した生活をしていました。

ところがある日から20時に入眠しますと、22~23時に大泣きをし始めたのです。

最初の頃は夜泣きがはじまると抱っこしたりあやしたりを試みておりましたが、当時はまだひどい感覚過敏の為かだっこも相当嫌がる様子。本当にだっこするのも一苦労でした。

 

抱っこしながらウロウロと歩いたり適度に揺らしてみたりといくら工夫しても一向に泣き止まない中、色々試した結果HYさんの『366日』という音楽を流すと少し落ち着く事があり、これが一番効果的だったのを覚えています。

(多分最初にピアノで単音の演奏部分がありまして、その部分の美しい音色が好きだったのだと思います。)

 

しかしそうした音楽を流す方法も夜間帯でご近所へのご迷惑もあるだろうという事でせいぜい24時までしか使えませんでした。

 

 

<24時~翌6時まで>

『コンビニでおにぎり作戦』

当時は借家住まいでして、自動車の駐車場が少し遠かったのです。子どもを抱えた場合は徒歩で10分程かかる所にありました。

子どもの夜泣きが治まらない場合、晴れた日はそのまま子どもを抱きかかえて駐車場へ行きました(雨の場合だけは夫に子どもを少しの間だけみてもらって車をとりにいっていました)。

 

そこからは朝まで辛いドライブとなるのでした。

 

まず、夏場という事でエアコンをつけなければ子どもが干上がってしまいます。ですのでエンジンをつけますと、音の面でさすがに駐車場で過ごす訳にもいかず20~30分ほど目的もなく車でうろうろとあたりを周回する事になります。

 

その間、息子が好きなおにぎりが置いてあるコンビニがあれば(当時既におにぎりはメーカー指定でした)少し立ち寄り、コンビニの駐車場で食べさせました。

肝心の息子はといいますと、このおにぎりで気持ちが治まる日もありまして、おにぎりを食べながらウトウトと眠ってくれる事もありました。

 

するとそこから1時間程はぐっすりと眠てくれるのでした。(ダメな時はまた泣かせたまま車で30分程移動しているうちに何とか揺れで寝てくれる様でした。)

 

その1時間で私も眠れたら良かったのですが、どうも眠りを一度中断されてしまうと気持ちが高ぶって落ち着けない事も多かったです。眠れず辛い間、例えばゲームでもして気分を切り替えられたら逆に良かったのかもしれません。でも私はその時間をネットを見ては同じような境遇の方の書き込みをみて慰められたり対策を考えてしまっていました。ですから余計に気持ちが切り替えられないまま、また次の夜泣きを迎えるのでした。

 

 

『コンビニでお茶作戦』

おにぎりを食べて1時間ほど寝たかと思うとまた泣き始めるのが息子のパターンでした。

おにぎりをいただいたコンビニで何時間も止めさせていただくわけにもいかないので、食べて少し休憩させていただいたら車をまた町中に走らせました。*1その最中にまた泣き始めるのです。

 

とりあえずまた最寄りのコンビニを探しては麦茶(こちらも既にメーカー指定有り)などを買い、駐車場で飲ませました。

 

そりゃあ夏だし暑いし、泣いたら水分なくなるよね・・・

 

飲むと落ち着いてまた少し寝てくれました。

 

この時点でだいたい3~4時頃を迎えていました。

 

『夫に託す』

その後もう一走りして自分の駐車場へ戻り、5~6時頃に帰宅。

夫に息子を託して私は夫の朝食やお弁当と子どもの食事をさっと作り、夫が出るまで少し眠らせてもらっていました。

 

 

 

こうした事をほぼ毎日の様に繰り返していました。

眠くて朦朧とした毎日の中、子どもに関する事以外の記憶はあまり残っていないのですが、自分の手足がいつも冷たかった記憶だけは今でも鮮明にあります。

 

 

↓夜泣きがずっと続いた事から、夜泣きを封じてくれるというお寺さんへお参りした時の写真です。息子本人も寝不足のはずなのに砂利道やお寺が好きだったのかキャッキャと楽し気に駆け出していましたネ。

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*1:一応お口の中になにもない事を確認してから出発してました。誤飲などには十分ご注意下さいネ

子どもの発達障害に気付くまで 24(生後1歳9か月~)

アンパンマンへの興味~

それまで好きなキャラクターと言えば表情のない乗り物関連のキャラクターばかりを好んでいたのですが、この頃からアンパンマンやトラックに人の様な表情をつけたキャラクターに興味を示す様になりました。*1

 

それでもまだ表情の違いは殆どわかっていなかった様子で、本当にひどく嫌がる様ないわゆる毛嫌いの状態から『そんなに嫌でもないかな?』という程度への変化ではありましたけれど(^^;)

 

 

~はじめての風邪~

それまで無敵とも思える程の元気さで一度も体調を崩した事がなかった息子でしたが、この頃初めて風邪をひきました。

いつもは暴れ回る息子なのに風邪で体力が落ちたところを見るとさすがに泣けました。

(といいましても回復力も早かったので大した事にはならずに済みました(笑))

 

ただし、こうした新しい変化の多かったこの頃はあまり細かな記録が残っていない様です。

いつも何かに追われていたのですね。

上記の様な新しい事以外にも

・小児鍼の継続

・壁紙などへの落書きの悪化

・昼寝もせずにずっと高い体力を維持したまま1日中遊び続ける

こうした事を対応していた様です。

 

それでもこの次にくる2歳2ヶ月~6ヶ月までの大変さに比べればまだまだ随分マシな方だったと思います。

 

*1:この記事を書き直している2017年現在、このアンパンマンに興味を示し始めたという点を振り返りながらとても興味深く読み直しました。成長に伴って視野が広くなったり、先に書きました様な百科事典や幼児教室などの影響で少しづつ視点移動の仕方に変化があったのかもしれませんが、今までに興味のない事や特に人の表情そのもののアンパンマンに興味が出てきたという事がとても意味深い事に思えます。ただしこの頃は言わば種まきの状態でして、アンパンマンに本格的に興味が芽生えたのは4~5歳になってからの事になります。興味が出始めてから大好きになるまでに随分時間を要する事になりました。

子どもの発達障害に気付くまで 23(生後1歳9か月~)

~インターナショナルスクールの幼児教室~

『・・・ダメだった、10分と持たずに出てきました。』

と当時夫に送ったメールを振り返ると、上記内容の報告文章でした。

 

自宅に程近いインターナショナルスクールの乳幼児教室へ週1回通う事に決め、当日緊張しながらお部屋に入りました。

教室には同じ1歳代のお子さんとそのお母様達が数組いらっしゃいました。担当はネイディブの先生お一人で、円陣を囲うように床に直接座るスタイルでした。

どのお子さんもまだ幼いのでずっと長い間じっとしている事はあり得ないにしても、息子は最初からトップギアで泣き続け、授業開始から10分も経たずに出てきたのです。

 

『来週もこんな状態なら辞めざるを得ない』とも夫へ報告した記憶があります。それ程に激しすぎる泣きっぷりでした。

(次週以降は辛うじてシクシク泣きかうろうろと立ち歩く程度に何とか治まりましたので、そのまま継続する事が出来ました。)

この様に、当時知らない所へ行くと激しく泣く事も多く、又、慣れるのにも時間がかかりました。

 

 

『はぁ・・・

やっぱりこの子には何をやってもダメなのかしら・・・』

 

そんな思いが込み上げる帰り道、歩きながらふとその10分間で担当の先生が教えてくれた歌をいくつか口ずさんでみました。

 

その歌の中でも乗り物系の歌に息子は反応してくれるのでは?と期待しながら歌ったのですが、実は息子が一番反応したのは何と「お天気」の歌でした。

 

「天気」・・・なんて私は小さい頃ちっとも気にした事もなく、興味も全くなかったのでもちろん息子にも意識して教えた事なんてありませんでした。

 

しかし息子にとっては違った様です。

きっと日々の生活に密着した事で、言葉には出せない疑問や不安が渦巻く一つの要因として『お天気』の不思議さがあったのでしょうね。

 

何度も何度も"Sunny","Cloudy","Rainy"と繰り返し歌う事を要求されました。そしてその日からしばらくは息子のお天気熱が治まらないという事が続いたのです。*1

 

こういった事から、私の興味や知識に偏る事なく身の回りの事象・事物を教えてくれる『百科絵本』等を試しに読んでみる事にしました。

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こちらの本はぼろぼろになるまで何度も何度も読みました。

2~3歳といったこちらの本の適齢を過ぎた4~5歳になっても思い出しては手に取る事が多かったです。

 

そしてこの2冊だけでなく、薬局や病院、図書館などの出先でもこうした本があれば積極的に見せる様にしていきました。(私が促さなくても、本人が自分から読みたがって手に取る方が多かったかもしれません。)

 

この様な本を購入したり図書館等で貸していただいたりする度に、息子は

『これぞまさしく知りたかった情報!』

と言わんばかりの高い集中力であっという間に内容を記録していきました。

 

 

こういった概念の獲得(概念が息子の中に既にある場合はそれに対応する『名前を知る事(名付け)』)が後々に日中の癇癪泣きを大きく軽減してくれていったのでした。

 

 

*1:小学生になった今では以前に比べると天気や宇宙のメカニズムを理解していった経緯もあってあまり反応しなくなってきましたが、3~4歳頃はまだ高い関心があり、時折「今日の天気は〇〇!」と言って自分で天気を確かめたりしていました。そして不思議な事ですが、かなりの高確率で雨を予言したりしますので、何か皮膚感覚や雨独特の香りなどで感知しているのかもしれません。