ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記

子どもの発達や成長について気付いたこと、感じたことを。 忘れないための備忘録的なブログです。

水への興味―トイレの水や排水溝のこと 後編(2歳4ヶ月)

ゴタゴタとしておりまして少しお時間が空いてしまいましたm(_ _)m

サブブログの方ではお伝えしておりましたが我が家の現在進行形の事情としまして・・・、実は子どもが登校を辛がる様になってしまい、改善に向けて働きかけをしていく中でウチの子にとっては厳しかった学校生活の様子が徐々にわかってきた・・・という段階にあります。

 

いつかその内容はどこかで共有し、もっと自閉症や発達障がいについての理解が進むお役に立てればと思うのですが、今はまだもう少し事態を見守る状況にありますのでご理解を賜れれば幸いです。

 

又、こうした事があったという事で、私が過去息子に行ってきた家庭療育や育児では子どもを不登校にさせてしまう可能性がある事は否めなくなりました。

 

色々考えた末、このブログも皆様にお見せするべきではないんじゃないか?とも考えましたが、私の愚行から何かを得ていただけるならそれも本望です。

(当面は『ふーん、そんな事もあるんだな。』といった程度で眺めていただけると一番良いのかなと思っています。)

 

 

という訳で前置きが長くなりましたが、前回からの続きです。

 

 

 

~トイレも側溝も同じ理由?~

 

前回からの続きで、試しに貼り紙をした途端に困っていたトイレでの水遊びは治まったというお話しをさせていただきました。

しかし一方で側溝への石落としは中々治まりませんでした。

側溝だけでなく、お風呂の排水溝等にも興味を示して手を突っ込む事もありました。

 

『うーーーん・・・理由は同じじゃないのかなぁ・・・。』

と改めて考えてみる事にしました。

 

そこでまぁ、行き着いた推論なのですが、うちの子にとっては石落としには”2つの意味”があるんじゃないかなぁという事でした。

 

もう少し時間が経った2歳8ヶ月の頃、『落としたい要求』を満たしてくれるおもちゃに出会い、石落としの回数はぐんと減りました。(指先遊びを紹介した以前の記事で「キャップ落とし」としてご紹介した物です。)

 

『落としたい要求』があったのはこのおもちゃに出会ってから知りました。純粋に”穴があったら落としたい”という要求です。

 

ただ、側溝への石落としはこの要求だけではなかったのです。

 

それは3歳目前の頃、お風呂をあがる際に排水していた時です。

「お水はどこへいっちゃうの?もうなくなっちゃうの?」と聞いてきました。

「水は、下水管へ流れていって、下水処理場で綺麗にしてもらったら川や海に行くよ。そしてまた雲になって雨になってまた帰ってくるよ。」と答えたのです。

 

何度か説明をせがむので、お風呂場だった事もあり丁寧めに口頭だけで説明したのですが「また帰ってくる」の言葉に安心した様で、その場は納得しました。(水が消えて無くなってしまう事への不安な気持ちが裏にあるのでは・・・?とこの時感じ取りました。)

 

その後も日を置いて何度もそういった説明を要求してきましたので、その都度説明し、息子は水への循環システムを理解した様でした・・・が・・・

 

そこである日ピンときました。

きっと、

『排水溝もトイレの水も、道路の側溝への石落としも全て”流れた水のゆくえ”を知りたい気持ちからずっと確認していた行動だったのでは?』

と。

 

その勘は的中していたのか、こうした水の循環システムを理解してからは水に関する全ての問題行動が一切なくなりました。

 

まさか・・・こんなに幼い子どもが水の行末に興味を持っているなんて思いもしなかったので、気付いた時には本当に驚きました。

 

 

 

 

~”幼いからまだわからないだろう”なんて軽んじない事~

そして、こういった事から『これはまだ息子には難しいだろう』とか『理解するにはまだ難しいかな?』等と私が勝手に限界を決めない事にしまいした

 

まぁ・・・かと言って幼い子には理解出来る内容にはさすがに限界があります(笑)

ですので出来るだけ噛み砕いて説明し、それでも理解出来ない場合はまだ説明しなくても良い事なのかな?という程度の線引きです。難しくても興味ある事なら何度でも聞いてきますし、そうした事はこちらが試行錯誤しながら工夫して教えてやれば本人なりに理解出来る場合も多い様に思います。*1

 

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これは当時描いたものではなくて恐縮ですが、4歳になった頃に「どうして雨が降るの?」と聞かれたので、水の循環システムをイラスト化してすごろく仕立てにしてみました。絵を描きながら、何度も何度も説明をせがまれて大変だった当時が懐かしく思えました。

 

あの頃はまだ言葉がたどたどしかったのに、こういった絵を頭の中で何となく想像出来たのかと思うと、今でも信じられない気持ちもあります(^^;)

 

 

 

 

~予想や予定の提示 もう少し成長してからの事~

まだ息子が幼くてこちらの意図がほとんど通じなかった当時、

困った行動はそれより楽しい提案をする事で”すりかえ”をしていった訳ですが、その提案は次第に少し先の予想や予定を提案していく事でも代用出来る事に気付きました。

 

例えば、息子が飲みたいと言ったジュースを買いに出かけたのにも関わらず、すぐ近くのスーパーでさえ寄り道で全然辿り着きそうにない場合、

「そういえばジュースは?次、左にまがる。スーパーが見える。」

と短文(ほぼ単語の羅列)*2でキーワードが耳に届く様に(予想を促す様に)すると目的を思い出すのかスーパーへ無事到着出来るという次第です。

 

 

~3予を意識する様になる~

こうした試行錯誤や成長に伴う変化を経て、我が家では大切にしている3つの予があります。

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これは息子へ説明する際に今後もずっと大事にしていくであろう事なのですが、こちらがやりたい何かがある場合、

(1)まずは予定をしっかりと立て、

(2)それを本人に事前に予告(告知)し、

(3)本人がその未来を予想(予測)出来る様に促す

 

という事は常に意識しています。

こうした考えがスケジュールの提示時刻の提示に繋がっていきました。今からどんな予定があるのか?を伝える様にしたのです。

 

そうですね、具体的には・・・

例えば朝の準備が早く出来れば余った時間は好きに遊んで良い事にしていますが、着替えているの途中で気がそれたり違う事を始めた場合、暫く様子をみて「お着替え終わったら次は・・・何かしら?」とか「お着替えの次はお薬。全部終わったら遊べるよ。」等です。

 

記憶力は良いのに、すぐに視覚的な刺激で今やっている事でさえも忘れてしまうのですが(・・・って、大人だって嫌な事をする時は気を紛らわせたくなりますよね(^^;)

 

視覚的な刺激も、気になる事だから手を止めてしまう訳で、そこは本人のやりたい事でもある部分です。

「全てしてはいけません!」ではなくて、余裕のある時は本人の好きな様にさせつつ、幼稚園のバスに遅れて辛い結果も嫌でしょうから加減しながら予定を思い出させるキーワードを伝える様にしていきました。

 

今は時計も読めますので、最終的にはどう時間を使うかを自分で考えさせる様にしていきつつあります。それは息子本人が納得する為です。

 

私に押し付けられたスケジュール等ではなく、時間をどう割り振るかは自分の腕次第だという事だからです。

 

 

 

~言葉がうまく表出出来ない故に~

こうした当時のエピソードの特徴なのですが、その時すぐに答えが見つからなかったり少し時間が経過してからわかる事が多かったです。

 

それは息子の言葉の発達(主に表出面)がぼんやりしている子ですし、その一方で話す言葉の何倍も複雑な事を考え、疑問に思ったり想像していた事に私が気付かなかった事が挙げられると思います。

 

ですので、今でも『少しでも疑問に思う事はメモなどで残しておこう』という癖がついています。

後から他の要素も加えて検討するとわかる事もある、という事をこういった経験を通して理解していったからです。

 

そして、後になってでも理解した事は息子に何とか伝える努力をする大切さもこういった経験から学びました。

 

 

 

 

 

 

さて、次回は療育を決めた時の事を中心にお話しさせていただければと思います。

 

 

 

 

 

*1:※側溝への石落としでお悩みの方は多いと思うんです。解決法を探してこの記事にお越し下さった方もいらっしゃるんじゃないかなと思います。

ですのでピンポイントでの解決法を探しに来られたのに息子の理由がお子さまのこだわる理由と異なる場合は申し訳ございません。

私自身は『子どもは子どもなりの理由があるのだなぁ』とこの一件で思いましたので、このエピソードがお子さまの行動の理由へのそうした気付きにつながれば幸いです。

*2:当時はまだ日常会話で英語を多用していたので、日本語で説明する場合は出来るだけ短文で要点だけを伝えていました。かなり不自然な日本語ですね。成長してからは中文程度での会話を心がけていますが、今でもゴタゴタした環境にある場合は短文で的確に伝える様にしています。