ぎゅっぎゅっして!ゆっくりがんばる成長日記

子どもの発達や成長について気付いたこと、感じたことを。 忘れないための備忘録的なブログです。

滞ってます(^^;)スミマセン

お読み下さっている皆様、こんにちは。

諸事情でなかなか更新が出来ない状況が続いております(^^;)

 

先日「ちょっと熱が・・・」なんて話をサブブログで書かせていただいたのですが、そちらは既に治まっておりまして(^^;)

じゃあなんで?って事なのですが、

実はおかげ様でこのブログ、最初に書いていた別のサイトでのブログの最終記事まで到達したんです~。

「お引っ越しではなく、一つづつ書き直します!」

なんて宣言したものの、一度書いた記事をもう一度書き直すのってやっぱり色々大変な部分もありました(>_<)(フォントが違うとかよく見れば誤記だらけだといった軽微だけど数が多い事から言いたい事が良くわからないなんて致命傷まで(笑))

 

結局ほぼ最初のブログを作った期間と同じくらいの時間がかかってしまう程大変だったなぁと感じながらも「誰かが読んでくれているのかな~」なんて妄想に気持ちを後押しされながらなんとか続けられました。

 

さて、ここからの記事は昔のブログでは現在の事として書いていた当時の出来事をまとめていくという新しい段階に入る事が出来ました\(^o^)/

読み返して特筆すべき内容をまとめていきたいなと思っています。

 

 

それに先立って、別作業に取り掛からせていただいています。

記事が増えてきたのでこちらのブログのTOPページに目次がわりの様な全記事へのリンクを貼り付けたページを作成中なんです。

が・・・これが結構時間がかかってしまっております(T_T)もう少々お時間をいただけたらと思います。

 

何とか元気に過ごしています、という近況のご報告でした(^^;)

ちぐはぐな発達 ~知的活動と身辺未自立~(3歳10か月)

3歳10ヶ月頃の息子の発達の様子についての振り返りです。

得意な事と苦手な事が今以上に顕著だった頃の様子です。

 

~天体(太陽系)へのあこがれ・理解~

4歳を目前に控えた当時、息子は相変わらず天体が好きでした。

相変わらずというのは、幼稚園の前に通っていたインターナショナルスクールのプレ教室で教えてもらって以来ずっと・・・という事なんですね。


その記憶がよほど鮮明だったのか、耳鼻科の帰りなんかに通っていたスクールの前を通ると、
「僕、Planets(天体)が好き。あそこで教えてもらったね。」
と太陽系の天体について教えてもらった事を思い出し話し始めるのです。


スクールでは太陽+月+惑星(+冥王星)についてまでは英語で教えていただいたそうで、プレを卒業した後は絵本や科学系の雑誌を自分で読み、木星や一番好きな土星の衛星に対する知識を更に覚えていきました。





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・・・3歳児の読む本ではないですよねミ(ノ_ _)ノ

当時は図書館で借りてくる本や口ずさむ歌も太陽系に関するものばかりでした(笑)

 

~身辺自立が進まない~

知識に対する強い要求の一方、身辺自立については気がかりでした。

いつまでたっても身辺自立しないのです。

スプーンはプレで一生懸命教えていただいて2歳3ヶ月でやっと使える様になった訳ですが、でも最初に苦手だった事って・・・やっぱりいつまでも苦手意識がある様です。(きっと体幹の弱さとか手と目を連動させて動かす協調機能が苦手だからで、何年もかけて取り組んでいかなくちゃいけない事なのでしょう。)

 

だから家では

「ママやって?」

と。*1

その他にも服の着脱、トイレ、歯磨き、、、

 

「天体より自分の事自分で出来る子の方がカッコいいよ?」

と、焦る気持ちからつい言ってしまっていました。

 

そして口にした事を反省。

 

天秤にかけてはいけない事とは理解しています。

好きな事を否定しては可哀想だとも思います。

でも自立する気持ちや姿勢が少しでも見えれば私の不安感も払拭される気がしますが

自分で何とかしようという気持ちが見えなくて子どもを責めてしまっていました

 

夜10時を越えてもまだ寝ずに遊び続け、寝る準備をする姿勢も見えなくて、当時はよく叱っておりました。

そんな時です。

 

「ごめんなさい、もうしません。」

 

怒られた時の反省の言葉、どこかでおぼえたのでしょう。

反射的に出たその言葉に、私は戸惑いました。

 

怒られた理由はきっとわかっていないはずだと思ったからです。

(半ば私もいつまでも身辺自立しないのでは?という気持ちから感情的に怒ってしまった事でしたから。)

 

理由もわからないのに、私の表情や声色で怒られたと感じたのか・・・

う思うと切なくなりました。

 

 

 

少し、身辺自立のやり方を再検討して、怒らず接する事やもっと明確な長期的目標を立てようと思いました。

出来ない事を子どものせいにして𠮟りつけるだけではこの子は育たない事は百も承知でしたから。

 

 

その為には、目で見ていない事が多い服の脱ぎ着には鏡を利用してみたり、手順書をイラスト付きで描いてみるなどの工夫をしてみる事にしました。

 

*1:今から思えば要求が出てきたと喜んであげればよかったのですけれど、当時はその余裕もありませんでした。

凧あげや節分行事に参加する(3歳10ヶ月)

~幼稚園の行事にて~

今日は3歳10か月の頃の話です。

幼稚園年少の冬休みあけの出来事について記録させて下さいネ。

 

当時息子が通っていた幼稚園は毎月のように楽しい行事が設定された幼稚園でした。

自閉っ子には変化のない毎日が一番安心して落ち着けるとは思います。

「しかし失敗を恐れて何も与えないのもどうかなぁ・・・?」

との思いもあって選んだ幼稚園。

こうした行事の中で何か一つでも息子に合う行事が増えたらいいなと思っていました。

 

いざ幼稚園生活が始まり色々経験する中で、息子にとって楽しい経験となった行事の一つが”凧あげ”でした。

 

 

~想像力がついてきたー他者をまね、他者から学ぶ~

息子の幼稚園は非常にオープンな園で、ほとんどの行事を保護者は参観して良いことになっていました。

ですから私自身も毎月のこうした行事には見学に行っていたんですね。

 

というわけで凧あげの様子を見に行った時の事。

息子の幼稚園での凧あげはタコ糸を持って自分で走るスタイルでした。

 

この方法だと自分は前を向いて走り、凧は自分を追いかけてきますよね。

これって意外と子どもには難しい事かも?と思うんです。

 

何故なら、手にかかる糸の抵抗から背後に凧が揚がっている想像をして走り続ける必要があり、都度振り返って凧が揚がっているのを見ていてはうまく揚がらないのです。

 

だから見たい気持ちを我慢しながら凧が揚がっていると信じて駆け抜ける必要がある訳です。これってただでさえ幼い子には難しい事でしょうし、見えない部分を想像しにくい自閉っ子には尚更だと思うんです。

 

でもこの幼稚園での凧あげでは最終的には無事出来る様になっていきました!

 

最初のうちは揚がる想像が出来なかったのか、何度も振り返ってはうまく揚がらず落したままゴール・・・(^^;)

このままでは凧が壊れてしまうおそれもあり、手を打つことにしました。

 

そこでお友達が出来ている様子を一緒に確認してみました。

『他児さんの様子を見てうまく出来る様になればいいな・・・。』

すると、私の願いが通じたのか息子も何かを理解した様子でした。

 

次の順番が来た時には、振り返りたい気持ちを我慢して一気に駆け抜ける事が出来、無事凧が揚がったのでした。

 

他のお子さんの様子を模倣してみた瞬間でした☆

 

こうした事を通じて、苦手だった背面や見えない部分を想像で補う能力が少しづつ養われ始めてきているんだと感じた一件でした。

 

 

 

~怖いこわい鬼~

一方、その2週間くらい後に行われた節分の豆まきはただただ恐怖だった様です(笑)

 

こちらの行事は直接見た訳ではないので、息子からの話を要約すると

「ボク、怖くて鬼にはならなかったの。」

という感想以外は口にしようとしませんでしたので、よっぽど怖かったのでしょう(^^;)

 

おそらく男性の先生方のどなたかが鬼役で出て来られたと思うのです。

よく見れば

「(あれ?〇〇先生の靴下かも?)」

などいつもの息子なら気付きそうなポイントがきっとあっはずなんですよね。

でも恐怖のあまりそんな事に気が回らなかった様子。

 

”怖かった”と自分の気持ちを言えただけでも良い経験になったなと思う母でした。

 

癇癪泣きの事(3歳10か月)

明けましておめでとうございます。

本年もよろしければお付き合いいただけますと幸いです(*^^*)

 

 

さて、2019年最初の記事ですが、癇癪泣きについて書きました。

かなり長文になってしまいました(;^ω^)相変わらずでスミマセン・・・

 

短く書き直したかったのに昔の記事よりも更に長文・・・5000字を超える有様に( ;∀;)

でも折角書いたし、お正月だからこのままUPさせて下さいネ。

 

前半が癇癪泣きへの具体的な対応方法、後半が育児を見直した経緯などを書いておりますので、よろしければお時間のある時にでもゆっくりお読みいただければと思います。

 

 

 

~癇癪泣きへの対応~

 

 さて、以前に書きました↓「甘やかしと甘えさせるの違いとは?その1」

let-me-pick-you-up.hatenablog.com

の脚注で触れた癇癪泣きの件を今日はUPさせていただきます。 

 

よく”癇癪泣き”と言いますが、「そういえば癇癪とはどんなもの?」と考えたことから始まった考察です。
息子が小さいうちは随分と悩まされました”癇癪泣き”を3歳10か月の頃にじっくり考えてみました。

良かったらご覧ください。

 

 

 

***********
まずはgoo辞書さんで『癇癪』の定義を調べてみました。
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*
かん‐しゃく【×癇×癪】
ちょっとしたことにも感情を抑えきれないで激しく怒り出すこと。また、そういう性質や、その怒り。「―を起こす」「―が強い」
*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*


息子が3歳10か月のある朝、正しくこの辞書の通り既に感情を抑えきれないで激しく怒って起きてきました。
「ママどこよ!」から始まり、私が米研ぎしていたのを見つけると
「ボクやりたかったよ!!」(お米の計量は当時手先の訓練として息子の日課になっていました)
「(昨夜遊んだまま放置してあったミニカーを見て)ボクお片付出来ないよ!!!」
等です。
定義通り、ちょっとしたことで激しく怒り泣きしていました。


でもどうして彼は朝からこんなに怒り狂っていたのでしょう?


色々探ってみると・・・

結局とてもお腹が減っていた状態が根底にあり、朝からちょっとした事でとても不機嫌だった様です。

※後で「すごくお腹が減ってたの」と言っていました。

 

本人は、内部要求の掴み取り*1が苦手なので、朝大泣きした根本原因が空腹であるとは自分自身でわからないのです。


ですので、こうした体からの要求は大人が見極めてコントロールしないとまだまだ難しい頃でした。




~で、肝心の癇癪泣きへの対応は?~
①冷静に状態を見極める事。
②対応者は声を荒げたり、暴力を振るわない事。
③出来れば誰か大人が一人横について、話を聞いたりなだめる事。
今までに実施した中では結局この対応に近い程早く治まった気がします。


①見極めは、時刻や体力から判断して

  • 遊びすぎなら=喉の渇きや疲れが考えられる→お茶等で休憩
  • 朝起きてすぐなら

  (1)目覚めて誰もいなくて寂しかった→抱っこしてみる

  (2)トイレへの要求の可能性→トイレを促す

  (3)空腹→すぐに食べられるものを用意してみる

  • 昼ごろの癇癪泣き=空腹やトイレ、暑さ寒さを疑う
  • 昼寝後の夕方泣き=ひょっとしたら遊び足りない感(あまり遊んでいないのに夕方になってしまった)かも?→今から遊ぼうと誘ってみる

等など、こんな予想を立てて行動しています。※今読み返すと当たり前の事ばかりですね(^^;)


②の暴力なんて殆どの方はされないと思います(私ももちろんしません)が、『声を荒げない』これが結構私には難しいです(T_T)

 この日も朝という事もあり、朝食の準備、お弁当、アイロンがけなど家事に追われている時に膝を付き合わせる事が難しいという焦りが・・・そんな気持ちから、声で何とか治まらないか?と荒げてしまうのです。

 

が・・・結果的には少し時間を割いてなだめる方が早く落ち着く事も多いので、今後はもう少し子どもの気持ちに寄り添いたいという反省の意味も込めて今日この記事を書き記しておきます。


③誰か一人が横につく。

この日の朝は夫がやってくれました。
誰か傍にいて、出来れば目線の合い易い高さに腰を落としておくと子どもは何をすれば良いか我に返りやすい様な所が多く見られてきました。


難しい事を考えずに、ただ寄り添うだけでも(→本当は時間に追われているとこれが一番難しい事なのですが(T_T))早く癇癪泣きから回復する気がします。


その際に一定のリズムで「ぎゅっぎゅっぎゅっ」と抱きしめるのも結構効果がありました。こうした刺激を圧迫刺激と言うそうです。しかしこれは本人が不快でない感覚だから有効なのでしょう。例えばふわふわのタオルケットや毛布でくるんであげるても同じ様な効果だと思います。

 

そういえば過去に感覚過敏・鈍麻への試み 皮膚 前編(2歳4ヶ月~)の中でふわふわ毛布でくるんだ事があったのですが、この時の刺激もおそらく同じだったのでしょう。ホッと出来る効果がある様に思います。

※ですから逆にゴワゴワタオルの方が好きなお子さんの場合は麻などの素材のものを探してみるなど、お子さんの好みを見て対応してみると良い様に思います。

 

 


~パニックは落ち着くまで放置した方がいいのでは?~
この様な癇癪泣きが一般的によく言われるパニックかどうか・・・正直よそのお子さんとじっくり比べた事がないので何とも言えないのですが、1歳3ヶ月以降はこの様な激しく泣く状態が頻繁にありました。

1歳代はどうすることも出来ず、一緒に泣いたり途方にくれるばかりでした。
落ち着くまで放置した方が良いという話もききましたのでただそっと見守る時期もありましたが、ご近所の方に虐待を疑われる程の泣きっぷりでしたので見守るのも辛く色々試してみた結果です。

やっぱり泣くには原因があるのだと思います。

その原因は人それぞれ・・・もしかしたらお子さんによっては何かのこだわりを崩されたり(例えば電気をつける順番がいつもとは違ったとか、着替えの手順が違うといったもの)思い通りにならないはがゆさ故の怒りだったりするのかもしれません。

 

でも本当は、その怒りの奥底にはもっと生命維持に関わる根源の様な原始的な要求に気付けないで困っている事があって、それらがわかりやすく表面化した別の怒りや事象を通じて発せられたりする事もあるのかな?と思っています。


だからこの事に何となく気付いてからは、私も子どもに声を荒げたり、追い込んだりする事はあまりなくなってきました。怒りの根底にあるのは”空腹、眠気、疲れ、寒さ、喉の渇き等”なんじゃないかと真っ先に考えてみる様にしてみたからです。


子どもの感情が昂っているいる時ほど『何かお困りですか?』程度の気持ちで接する様に心がけ、少しの言葉やヒントから状態を見極めようと思っています。

 

 

~私自身が母親からしつけられた事~

とは言っても、人間ですから大人とはいえ感情を完全に抑える事なんて出来ません。
時には逆切れしてしまう事もあります。

そういった諸事情を勘案したとしても、私には激しく怒鳴ってばかりの時期がありました。

まだそうした対応をしていた頃は子どもが癇癪泣きをする度に逆ギレし、更に子どもの癇癪泣きを悪化させるだけの日々。*2

 

”こんな毎日ではこの家は破綻してしまう・・・

子どもの変化(つまり成長)を待つよりも自分が変わる方がこの状況を早く変えられるんじゃないか・・・”

 

日々の生活が出来ない程家庭内が崩壊しつつあった当時・・・このままでは最悪の事態に至る事を感じていました。

それならば今自分ができる最大限の事をやってみよう、とこれまで自分が子どもに対して常識だと思っていた事などを全て捨ててみたのでした。

 

つまり

  • 最初から一貫したしつけが必要でその為にはダメな事はいくら幼くても最初から厳しくダメと言い続けるべきだ
  • 子どもに軽んじられてはいけない。子どもは大人が制御すべき対象である

 

こうした事を思って息子に対峙していたんですね、いつも。

だけど息子が荒れ狂う程にどんどん自問自答する日々に陥りました。

 

”常識って何だろう・・・ダメの本当の理由って何だろう・・・大人に都合が悪い事を全てまとめてダメって言ってないかしら・・・?”

 

その結果、今伝えなくても良い事は伝えない覚悟を決めたんです。

いつか伝えるべき日が来るまで忘れずに心に留めておいて、それまでは必要な順序を追って伝えていこう、と。

 

 

 

そうして子どもへの対応を見直していった結果、息子の状態がぐんぐん好転していったのでした。

 

少し落ち着いた後に、ふと・・・当時の自分を振り返る事がありました。

”私、どうして子どもが激しく泣いている時に同情出来なかったのかしら?他のお母さんは「辛かったねー、痛かったねー」と子どもを抱きしめる事が出来るのに、どうして私は叱責する事しか出来ないのかしら?”と。

 

理由は一つしかありませんでした。

私も自分の母親にそうされてきたからでした。

 

「泣くな、バカモノ!」

「泣いていても意味がない、いい加減に泣き止め!」

等と罵倒されてきた自分の幼児期を思い出しました。

 

今ならわかりますが弟が生まれ手がかかるのに、誰も育児を助けてくれる人が身近いなくて大変だったのでしょう。
母親は私に対してよく怒鳴っていた記憶があります。
その頃は何も思っていませんでした、私が悪い事をしたから怒られたんだなと。

 

女の子ってね、制御しやすいんですよ。

男の子に比べて力も弱いし、いくら怖い親でも親は絶対的な人だから強く抵抗するも出来ないって心のどこかで思ってて。

だから母もこんな間違った力技で私を育ててしまったのでしょう。

 

そのツケが巡り巡って私から息子に対する育児の中で露になったのです。



こうした対応を受けた私は、いつの間にか自分の中で
『泣く事』=『悪い事』となっていた様です。

幼児期以降あまり泣いた記憶がなく、悲しい、辛い事がきっとあったハズなのに何も心に響いていなかった気がします。


何も辛くない、何も悲しくない、何も感じない、そんなタイプの人間でした。

 

但し対外的には装う事は出来たのです。

学習によって、”こんな時はこんな感情”と学んできたからです。

 

だから善悪や辛い・悲しいといった涙に繋がるような感情は自分で感じたものではなく、対応する感情をただ刷り込まれて大きくなったと思います。

自分の心に感じた感情ではないので、泣けるはずがないのです。

 

これに対して、関西という土壌もあるかもしれませんが、笑いに繋がる感情だけは抑制されずに済みました。母も私が機嫌よく笑っている分には何も口出ししませんでした。

この点があっただけでもいくらかマシだったのかもしれません。

 

 


***********
確かに子どもの癇癪泣きは、本人も辛いかもしれないですが、聞いている周囲の人間も辛い事です。
でもこの様に感情まで『封印』してしまっては、本当の問題から目を背ける様な気もします。


プレで出会った先生方が一生懸命息子の癇癪泣きに付き合って下さる姿をみて、本来私があるべき姿を・・・やっと理解した瞬間でした。


こうした事を経験した結果、息子には自己コントロールを高めていける為に(=つまり泣きたいのは何故か?と自分の心の中にある深い内部要求に気付き、泣くのでは無く解決していく方法を自分で見つけていく)自分自身の感情に気付いていける様に促していけたらいいなというのが当面の目標です。*3

 

 

【追記】
私のブログでは実母は完全に毒親・・・ですよね(笑)

一応母の名誉の為に追記させて頂きます(^^;)

母は私が幼稚園へ通う様になった頃から体に異変を感じ始め、
”あまり長く生きられないなら何とか生きている間に子ども達に自立する力をつけさせなければ”
という思いで必死に育てたと生前語っておりました。
おそらくそういった関係で必要以上の厳しさを持って接したのだと思います。

結局母は弟が成人して間もなく、彼女自身が感じていた通りこの世を去る事となりました。

私は幸運にも今のところ一応大丈夫そうなので今は母を見習わない事にしたいと思います。

 

 

 

*1:過去記事ぼく、できたよ!(有能感と共感性の関係)前編(生後3歳10か月)で少し述べておりますので良かったらご覧下さい。

*2:ちょうど息子が1歳半~2歳2ヶ月、幼児プレ教室に入ってすぐの頃)です。

*3:成果のご報告(?)ですが、7歳後半くらいから「ボクがこれだけしゃべるのは眠いからってバレてる?(笑)」といった風に自分の状態に少しづつ気付ける様になってきている様に思います。

ぼく、できたよ!(有能感と共感性の関係)後編(生後3歳10か月)

~共感を求める瞬間はすぐそこに~

実はこの有能感って、何も絵画や工作といった場面だけでなく、むしろ何気ない日常に沢山その瞬間がありますね。

私はその瞬間の子どもの目が大好きです!

「ママ、ぼくできたよ!このまえまでできなかったのにできたよ!」

目をキラキラさせて、いつもはそらす目を子どもの方から合わせてきます。

 

きっとこの出来た瞬間を私に共感して欲しいと感じているんだろうなぁと感じる度に、随分心が成長してきたなと思う様になりました。

 

 

息子はずっと目を怖がって見てくれない時期がありましたが、こうした事に気付いてからは目を出来るだけ合わせる様に意識しています。

特に息子の方から合わせてきた時は絶対にのがさない様にしています(笑)

 

 

**********

例えばですね、我が家でそうした有能感を高めてくれた一つに"靴"のエピソードがあります。

手足のぎこちなさが少しでもスムーズになればと、ウチでは日ごろ休みの日になればアスレチックのある公園へ良く行きます。

近場の公園で遊ぶことが多かった頃はお気に入りのキャラクターがデザインされた靴を履いていたのですが、足のサイズが上がった事やキャラものにそこまで執着しなくなってきた様子だった事から、思い切って機能性のある運動靴を買った事がありました。

ちょうど3歳後半の頃です。

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さっそくその靴を履いて、公園へ行ってみました。

それまではこんな遊具は怖くて仕方がなかったのですが、この時は写真の通り随分高い所へ登りました。どうも靴底のグリップ力が今までの靴と全然違ったらしく、自分が考えた通りの動きが出来た様なんですね。

 

こうしてのぼれた事が本当に嬉しかったらしく、この時は何度も何度も・・・何度も登っていました。

 

こちらの公園はこれまでにも何度か来た事がありましたので、はじめのうちは以前に出来なかった記憶を思い出し、怖さや不安でなかなか足を踏み出そうとしませんでした。

それでも

「新しい靴だからきっと大丈夫、ちょっとやってみない?」

と促すと、

「僕できたよ!」

「できた!」

と、自分の手足の動きを確かめながらしっかり進んでいきました。

 

 

こうした成功体験の中でも、特に一番最初に出来た瞬間ほど息子の方から目を合わせてくる事が多い様に思います。

「ぼく、できたよ!」

有能感が高まる瞬間は共感力も一緒に育みやすいシーンの一つかもしれない、と感じますので、良かったらお子さんが一番最初に「出来た!」と感じているだろうなぁと思う瞬間、意識的にお子さんの目を見てみて下さい。きっとお母さんに向けてチラッと目を合わせようとしてくる瞬間があるかもしれませんので、その時は是非アイコンタクトで受け返してみてくださいネ♪

 

 

 

~ちょっとしたチャレンジがいいみたい~

有能感は、子どもが得意な事よりも、少しチャレンジ性のあるものの方が高まりやすいのかもしれません。

 

そうですね、例えばいつもはちょっと怖がって出来ない様な事や、いつもの公園だと出来ないと諦めている様な事です。

親の目には

”あとちょっとで出来そうなんだけどなぁ・・・”

と感じている類の事ってありませんか?

 

こうした事ってついつい無理強いしそうになるのですが、子ども側には何かのきっかけが無い限りなかなか踏み出せない心のブレーキが働いている、そんな何かがあればチャンスです。

 

そう、ピンチはチャンス。

 

でも無理強いしないで、環境を整えたりお子さんの準備を整えたり、まずはチャンスをつかむ準備を♪焦らなくても大丈夫です。

全てが整ったら、チャンスはまた必ず訪れます。

 

 

**********

余談なのですが、この遊具がうまく出来た後、なんだか子どもが少し逞しくなった様な何か誇らしげな気持ちになれている様に見えた気がしました。

この頃はまだまだポーカーフェイスな子だったので、こうした経験も色々な表情の表出につながったのかもしれませんね。

 

こういった経験から『一度失敗しても諦めない事』ですとか、『前に出来なかった事でも、時間が経てば状況も状態も変わる事』等を理解していってくれればいいな、と思った一件でした。

 

 

その他にも有能感を高めてくれた事として"ハサミの練習"や"プラモデルの組み立て"、"制服を自分で着る事"等への挑戦がありますが、それはまた別の機会にお話しさせていただく・・・かもしれません。